東京地方裁判所 平成8年(タ)550号 判決 2000年9月26日
原告(反訴被告)
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
松本一郎
同
藤本昭
被告(反訴原告)
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
金住典子
主文
一 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一五〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は本訴及び反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 本訴請求
1 主文第一項と同旨
2 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、一〇〇〇万円及び平成八年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
二 反訴請求
1 主文第一項と同旨
2 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、一〇〇〇万円及び平成九年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、
(一) 別紙物件目録記載の不動産の所有権を財産分与し、財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 財産分与として、三〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに離婚の日から原告(反訴被告)又は被告(反訴原告)のいずれかが死亡するまで一か月九万円の割合による金員をそれぞれ支払え。
4 反訴訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
5 第2項につき仮執行宣言
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本訴は、夫である原告(反訴被告)が、妻である被告(反訴原告)に対し、妻が夫に無断で、クレジットカードの買物やローンによる借入れなど浪費を繰り返した結果返済できなくなり、夫が多額の債務を返済せざるを得ない状態にしながら全く反省の態度を示さないことや、夫が糖尿病のため医師から食事療法を指示されていたにもかかわらず、妻が食事の用意をしないこと等から、既に婚姻関係は破綻しており、婚姻を継続し難い重大な事由(民法七七〇条一項五号)があるとして離婚を求めるとともに、妻の浪費による債務の返済を強いられたことにより精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づき、慰謝料一〇〇〇万円及び本訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めた事案である。
これに対し、反訴は、妻が、夫に対し、夫が必要な生活費を渡さず、大酒を飲んで暴力を振るい、不貞行為をするなどしたため、婚姻関係が破綻したとして、不貞行為(同法七七〇条一項一号)及び婚姻を継続し難い重大な事由の存在を理由として離婚を求め、あわせて別紙物件目録記載の不動産(以下「本件建物」という。)及び三〇〇万円並びに離婚の日から夫又は妻が死亡するまで一か月九万円の割合による金員の財産分与を求め、本件建物について、右財産分与を原因とする所有権移転登記手続、三〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに離婚の日から夫又は妻が死亡するまで一か月九万円の割合による金員の支払を求めるとともに、原告の右行為により精神的経済的苦痛を受けたとして、不法行為に基づき、慰謝料一〇〇〇万円及び反訴状送達の日である平成九年四月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めた事案である。
なお、以下においては、原告(反訴被告)を単に「原告」と、被告(反訴原告)を単に「被告」と、それぞれ称することとする。
二 前提となる事実
原告(昭和七年四月一四日生)と被告(昭和一二年三月三一日生)は、昭和三三年七月二三日に婚姻届出をした夫婦であり、昭和三四年三月二四日に長男一郎を、昭和三八年一〇月一五日に次男二郎をそれぞれもうけた(甲一)。
三 争点
1 離婚原因の有無
(一) 原告の主張等
(1) 原被告間の婚姻関係は、昭和六〇年ころから実質的に破綻していたというべきであり、その主たる原因は、以下のとおり、被告による二度にわたる浪費と全く反省の態度を示さない生活態度にあった。
① 原告は、結婚後間もなく、被告が経済観念に乏しいことに気づいたものの、結婚当初から昭和四五年ころまでは給料袋をそのまま被告に渡していた。しかし、被告に家計についての計画性がなく、毎月給料日前になると生活費が足りなくなったため、原告は、昭和四五年ころから、月給を月に四、五回に分割して渡すようになった。ただ、いずれも給与明細は渡しているし、分割しても、結局は全額を渡していた。
その後、昭和五〇年八月からは、被告に給与振込銀行の預金通帳とキャッシュカードを渡して家計の一切を任せて、十分な生活費を渡していた。
② 第一次事件
原告は、昭和五四年九月、被告から、原告の名義による銀行からの借入金やクレジットカードによるローン等がかさみ、支払不能の状態になっていることを打ち明けられた。債務の合計は一一〇三万円余にも上り、当月分の支払額は一〇〇万円を超えていた。当時、原告の給与は手取りで月額二五万円程度であったのであるから、異常な浪費というべきである。
原告は、以後、自ら家計を管理することとして、被告から、生活に必要不可欠なもの以外のカードを取り上げるとともに、生活を最小限度に切りつめ、新たに借金をしたりして返済に取り組んだ結果、昭和五八年八月にはほぼ返済を終えたが、結局被告の借入金の返済額は、元利合計で約一三〇〇万円に達した(以下「第一次事件」という。)。
③ 第二次事件
被告は、第一次事件の債務の返済が終了していないのに浪費を再開し、クレジットカードによる買物やカードローンで、昭和五七年から昭和五九年にかけて合計四九三万円、続いて昭和六一年ころまでに合計八三三万円もの債務を負担するに至り、原告のもとに多数の会社から厳しい督促が届くようになった。
原告は、右債務の返済に苦労したが、昭和六二年四月に五五歳で支給された退職金を充ててようやく完済した(以下「第二次事件」という。)。
④ 以上のように、被告は、ローンでの借入れやカードでの買物により、昭和五二年から昭和六〇年までの間に、少ない年で原告の年収の二一パーセント、多い年で同一二三パーセントもの金額を使っており、その金銭感覚の異常さは明らかである。
⑤ 被告は、昭和五二年ころから満足な食事の支度もせず、一度目の浪費が発覚した昭和五四年九月ころから、原告と被告の間には、会話らしい会話はほとんどなくなった。
そこで、原告は、昭和六〇年、東京家庭裁判所八王子支部に、夫婦関係調整調停を申し立てたが、同年六月一二日、一旦は、婚姻関係を継続する内容の調停が成立した。
しかし、原告は、糖尿病を抱えていたため、規則正しい食事が必要であったにもかかわらず、外食や自炊を余儀なくされ、平成三年三月からはすべての食事の支度を、同年四月からは洗濯も原告自らするようになり、原告は、被告との婚姻生活に耐えかね、平成七年、東京家庭裁判所に離婚調停を申し立てたが、平成八年八月二一日、不調に終わった。
このため、原告は、別居と離婚訴訟の提起を決意し、平成八年九月一日、自宅を出て一郎の自宅に転居した。
このように、原告と被告との婚姻関係は、同居中も食事、洗濯、掃除等すべての生活を別にしており、精神的な絆も断絶していたものである。
(2) 被告の主張に対する反論
① 経済的虐待について
原告は、実家に送金したことはあるが、社会常識の範囲内である賞与の一〇分の一程度のものであるし、奨学金の返済も年八〇〇〇円であって、生活に支障が生じるものではなかった。
昭和五四年九月、原告が家計を管理するようになってから昭和五七年ころまでは、前記(1)②で述べた債務の返済のため、被告に渡す生活費は月八、九万円のこともあったが、当時は給与の手取額が月二五万円、賞与が八六万円程度であったのに、多額の債務の返済をしていたのであるから、生活費が少なくなるのはやむを得ないことである。その後、返済が進んだ昭和五八年ころからは月二〇万円、賞与からは月五〇万円を渡していた。
昭和六〇年になると、前記(1)③で述べたとおり、再び債務返済に追われるようになったので、被告に渡す生活費を月一五、六万円に減額し、二郎が大学を卒業して就職した昭和六三年四月に月一〇万円としたのである。
このように、昭和六〇年に原告が調停を申し立てた当時は、月一五万円程度を生活費として渡していたのであって、調停では生活費の話は出ていない。
原告は、定年退職した後の平成四年五月から、家庭内別居の状態にあった被告に対しては生活費を渡さなくなったが、それまでは右のように月一〇万円を渡していたのであるし、被告が申し立てた調停により、平成八年四月からは婚姻費用分担として月七万円を支払っている。
② 原告の素行について
被告が、被告の実家に出産費用の工面を頼んだ事実はない。出産費用は原告の賞与をあて、不足分は社員互助会から借り入れて支払っている。
原告の飲酒量は、一日一合から二合程度であって、毎日飲みに外出することなどない。この程度で、被告の主張するように、酒乱とかアルコール依存症になるはずもなく、家計を圧迫するはずもない。
また、酒を買っていないとか原告の弟にグローブを買ってやらないなどの理由で被告に生活費を渡さないといった意地悪をした事実は全くない。被告は、フラワー教室を始めたころから生活が派手になり、浪費癖が激しくなったので、原告が注意したところ、これを意地悪と受け取ったのである。それに、原告は、被告から依頼されたのに救急車を呼ばなかったことはない。それどころか、被告の入院中、毎日のように見舞いに通った。健康保険証については、原告が一郎の扶養家族になる手続をしたときに一時的に使えないことがあったかも知れないが、原告がことさら隠したことはない。
その他、被告の主張はすべて事実無根である。
③ 不貞行為について
被告の主張するような不貞行為は全くない。定年退職後に会社から旅行券を支給されたことはあるが、換金して、生活費等にあてたのである。
(二) 被告の主張等
(1) 原被告間の婚姻関係が破綻した主たる原因は、後述するように、原告による経済的虐待や素行の悪さにあったものである。
なお、被告は、原告が、平成三年三月に、「これからは自分のことは自分でやるから何もしてもらわなくていい。そのかわり生活費は渡さない。」と言い出すまで、食事の世話を含めた家事をすべてこなしていたし、原告の糖尿病についても、主治医と連絡を取り合って気を配っていた。平成八年九月に原告が家を出たのは、原告が些細なことから二郎と言い争う騒ぎを起こして家に居づらくなったためである。
① 経済的虐待について
原告は、結婚当初から被告に十分な生活費を渡さなかったうえ、その中から原告の実家への送金をさせたり、家の増改築や長男の大学進学などのまとまった出費が必要なときに協力しなかったりしたにもかかわらず、自らは賞与の半分を取って、飲酒等に浪費していた。
そして、昭和五四年九月以降、収入をすべて原告が自分で管理するようになってからは、昭和六〇年に、原告が申し立てた調停の席で調停委員に説得されて月一五万円を渡すようになるまで、生活費をわずか月六万円しか渡さなかったため、被告は、ミシンの内職で生活費を補助したり、着物を売って生活費にあてたりした。被告は、自分で自由になるお金がなくなり、実家に帰省する旅費がなくて、母親や兄の死に目にすらあえなかった。
昭和六二年五月、本件建物を購入して転居したが、原告は、その際の家具代として一〇〇万円を被告に負担させた。その後は、原告は、前記調停で合意した生活費月一五万円を一方的に一〇万円に減額したのに続き、昭和六三年四月からは、退職金や選鉱事務所の収入等があったにもかかわらず、生活費を全く渡さなくなった。
平成七年一〇月に二郎が同居するようになったころから、被告は、体調を崩してフラワー教室の仕事もできなくなり、生活に困るようになったため、原告に対し、婚姻費用分担の調停を申し立て、その結果、平成八年四月以降は月七万円を支払ってもらうようになったのである。
以上のような原告の行為は経済的な虐待というべきである。
② 素行について
ア 被告は、原告と結婚後、原告が大酒飲みの酒乱であることが判明し、結婚当初は収入が少ないのに、生活費の大半が酒代に消えるので、貧しい生活を余儀なくされた。長男一郎の出産の際は、帝王切開となったこともあり費用がかさんだが、原告は一切費用を出そうとしないので、被告の実家に頼んで費用を工面したほどであった。
また、原告は、被告が、月給日に酒を買っておかなかったことや原告の弟にグローブを買ってやらなかったこと等を理由に、たびたび「生活費を渡さない。」と言って意地悪をした。
このころ、被告は、このような原告の無責任で意地悪な態度に耐えかねて離婚を申し出たことがあるが、原告に拒否されたため、やむなく結婚生活を続けることになった。
イ 原告の本社転勤のため転居したころから、原告は、一郎の成績をひどく気にするようになり、酒に酔って、寝ている一郎を起こして勉強しろと強要したり、暴行を加えるようになった。そのため、一郎は父親の原告を怖がり、原告が家にいるときは家に帰りたがらなくなった。
二郎が大学受験に失敗して浪人すると、落ちこぼれなどと罵倒し、病気になっても病院にかかる費用も出さないなどの経済的な意地悪をした。
被告も、二人の子供もいつも原告を恐れ、原告のいじめや虐待に傷つき、びくびくして毎日を過ごしていた。
ウ 被告に対しては、原告は、被告が病気で休んでいるときにも、家事を手伝ってくれることはなく、夕方帰宅したときに酒の用意ができていなければ不機嫌になり、怒鳴ったり、テーブルをひっくり返し、ものを投げつけるなどの乱暴を働いた。その上、夜、酒を飲みに外出し、明け方帰宅して土足のまま家に上がって暴れることもあった。被告が昭和五七年にフラワー教室を始めてからは、原告は、仕事を辞めろと言い続け、電話を取り次がないなどの意地悪をした。
さらに、原告は、被告が兄の病気見舞い等のため実家に里帰りすることを快く思わず、陰湿な意地悪な態度を取った。
また、被告は、原告から性病をうつされたことがあり、原告を問いつめても、反対に被告に責任転嫁する態度をとったので、それ以降性的関係をもたなくなり、寝室も別にするようになった。
被告は、昭和六二年五月に髄膜炎で、平成五年六月に胃潰瘍で、平成七年八月には胆嚢炎と胆石でそれぞれ入院したが、原告は何もしてくれず、一人で救急車を呼んで入院した。平成七年の一年間は、原告は健康保険証を隠して被告に使用させないようにした。
原告が平成八年九月に家を出て別居するようになって、被告はようやく精神的に楽な生活を送れるようになったのである。
(2) 不貞行為について
原告は、無断外泊が多く、社宅で生活していたころは、社宅内で女性関係のうわさが立った。海外出張から帰宅したとき、旅行カバンからコンドームが出てきたことがたびたびあった。
原告は、勤続二五年と定年退職時に会社から支給される家族旅行券をいずれも被告に内緒で他の女性のために使った。一回目の時は社宅の友人が被告に教えてくれ、二回目については原告の机上にあったメモで知ったのである。
昭和六二年ころから平成三年ころまで、昼夜を問わず自宅に頻繁に女性から電話がかかるようになり、その女性は家庭の事情をよく知っている様子で、被告に向かって「いつ離婚するんですか。」と言うこともあった。原告に対し、電話をやめさせるよう頼んでも、知らないとしらばっくれていた。原告は、被告と離婚してその女性と再婚する話をしていたものと思われる。
(3) 原告の主張に対する反論
① 第一次事件について
被告は、原告と結婚後、昭和五〇年ころに給与が銀行振込みになるまでは、原告の月収や年収は教えてもらえず、毎月原告が決めた額(月給の六ないし七割)を渡されるほか、昭和四六年から賞与の半分を渡されるようになり、その中でやりくりする生活であった。
被告は、原告の指示で、乏しい生活費の中から原告の実家に対して、結婚当初は一万円、昭和五四年ころからは五万円の定期的な仕送りや六人の兄弟の学費、冠婚葬祭の費用等を送金させられた上、原告の奨学金の返済もあったので、生活費が足りずに、被告の実家の援助でこれら金員の工面をしてたほどであった。
さらに、一郎の大学進学の際、原告は、「私大にやるなら入学金は払わない。」と言って東大を受験するよう強要した。しかし、一郎は私立大学に入学したため、被告が生活費の中から入学金や授業料等を工面することになり、もともと苦しい生活が一層苦しくなった。
昭和五四年九月の時点で被告が負担していた債務は、合計しても四三〇万円程度にすぎず、その大部分は、一郎の勉強部屋の増築費用、一郎の大学入試の受験料や大学の入学金、授業料等の教育費、被告のフラワーアレンジメントの資格取得のための教材費、日常生活に必要な食料費、衣料費、エアコン購入等の費用であって、被告が自分の贅沢のために使ったものは全くない。被告は、この時点までは、クレジットカードは利用限度額の範囲内で利用していたし、ローンも計画的に返済してきていたのであるから、無計画に浪費したものではない。
原告が、右増築費用や大学の入学金といった特別の出費が必要になったときに預金から出して協力してくれていれば、十分返済していけたはずのものである。
ところが、そのころ、被告が、原告に対し、不足する生活費を預金から出すよう頼んだところ、「預金は飲み代に使った。」という返事であったため、被告がこれを責めると、原告は、「今後は全収入を自分で管理し、すべてのローンや学費、必要経費の一切を責任を持って払う」旨約束した。そこで、被告は、原告にカードを渡し、昭和六〇年まで、毎月六万円を食費として原告から受け取ることになったが、これが四万円に減額されるときもあった。
② 第二次事件について
被告は、原告に家計の管理を任せた際に被告の手元に残したクレジットカードを利用したほか、カード番号を告げれば利用できる通信販売を原告の名前で利用したこともあるが、これらクレジットカード利用明細書は、家計をすべて管理していた原告のもとに届いており、これにより、原告は、被告と一郎が使った分を毎月の六万円の生活費から差し引いていたのである。
したがって、原告が新たに借入れをしない限り、第一次事件以外の負債はないはずであるから、原告が知らないうちに被告が浪費して多額の負債がたまったということはあり得ない。
なお、カードローンの使途は、食料品や衣服の購入費、原告の実家への贈答品などであり、買物についても生活必需品であって、原告から月々渡される金額では生活費として足りないため、やむを得ずクレジットカードを使用したのであるから、浪費にはあたらない。
原告は、昭和六〇年、被告の浪費を理由として離婚調停を申し立てたが、調停委員に、生活費を月六万円しか渡さないのは少なすぎると指摘され、以後、月一五万円を生活費として被告に渡すことになったのである。
2 慰謝料請求権の有無
(一) 原告の主張
前記1(一)のとおり、被告の浪費と生活態度が原因で、婚姻生活は破綻し、原告は、昭和五四年ころから昭和六二年ころまでの間、被告の度重なる浪費による負債の返済のために倹約を強いられたことから、平穏な生活を送れなかったうえ、老後の生活も不安定なままである。これにより原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、一〇〇〇万円が相当である。
(二) 被告の主張
前記1(二)のとおり、被告は、結婚以来、原告から十分な生活費を渡してもらえず、経済的虐待を受けたうえ、酒に酔った上での暴力やさまざまな意地悪及び不貞行為により、経済的精神的に多大な苦労を余儀なくされた。
さらに、原告は、被告の無計画な浪費で巨額の負債ができたとの虚偽の事実を述べて離婚調停や本訴を起こすなどして被告を陥れようとした。
このような原告の行為により被告が受けた精神的経済的苦痛に対する慰謝料は、一〇〇〇万円が相当である。
3 財産分与の当否及び内容
(一) 被告の主張
原告と被告は、結婚当初は格別の財産もなく、原告はサラリーマンであって、格別高給を得ていたわけでもない。そして、原告が十分な生活費を渡さなかったため、被告がミシンの内職やフラワー教室を開いて得た収入により家計を支えてきたのである。したがって、原告名義の財産についても夫婦の共有財産と見るべきであり、その形成については、どちらがより多く貢献したというものではなく、夫婦が協力して形成した財産といえるから、対象となる財産の半分が被告に分与されるべきである。
現在、原告名義の財産としては、本件建物、預貯金、株券がある。このうち預貯金については、遅くとも原告が離婚調停を申し立てた平成七年一二月を基準として、その時点での残高を財産分与の対象とすべきであり(なお、現存する残高の方が高ければ、そちらを財産分与の対象とすべきである。)、株券については、公平の観点から、離婚調停の際に、原告が認めていた額を財産分与の対象とすべきである。したがって、本件で財産分与の対象となる財産は次のとおりである(なお、さくら銀行の預金については、入出金の状況から対象とすべき額を推計したものである。)。
(1) 本件建物 二八〇〇万円
(住宅ローン残債務
約一〇〇〇万円)
(2) 預貯金 二一九六万三四九一円
① 郵便貯金 九八九万九八三〇円
② さくら銀行
一一九一万三二六六円
③ 三和銀行 一五万〇三九五円
(3) 株券 八〇〇万円
以上を合計すると、約四八〇〇万円となり、原告が取得するのはその半分の二四〇〇万円である。これに、昭和六三年四月から平成八年三月までの婚姻費用は未払であったから、それに相当する一〇四九万円を加え、被告が原告から借りている三五〇万円を差し引くと、三〇九九万円となる。
被告は、現在本件建物に居住しており、これが共有となると、将来紛争が生じて売却される恐れがあるから、被告が本件建物の所有権を取得し、右金額から本件建物の時価を差し引いて、三〇〇万円を現金で財産分与するのが相当である。
また、原告は、平成一一年度には、厚生年金二一七万七九〇〇円及び国民年金八〇万四二〇〇円を受給しているが、被告は、国民年金を受給できるだけである。そこで、原告は、離婚後の被告の生活を保障するため、厚生年金の半分に相当するものとして、離婚後原被告のいずれかが死亡するまで月九万円の定期金を財産分与として支払うべきである。
(二) 原告の反論
原告が現在有する財産は次のとおりであるが、これは、被告の浪費にもかかわらず、生活を切りつめて老後のために残したものである。原告は、被告による浪費のため、ローンの支払いに追われ、老後の蓄えもわずかとなり、不安な生活を余儀なくされている。したがって、被告に財産分与すべきものはない。なお、年金は月額手取り二四万円程度であるが、これは財産分与の対象外である。
(1) 本件建物 二八〇〇万円
(住宅ローン残債務 一〇〇二万円)
(2) 預貯金 九〇〇万七〇〇〇円
① 郵便貯金(定額貯金)
七五〇万円
② さくら銀行(定期預金)
一四二万七〇〇〇円
③ 三和銀行(定期預金) 八万円
(3) 株券 三一三万八六〇〇円
(4) 被告に対する貸付金三五〇万円
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 婚姻を継続し難い重大な事由の存否
(一) 甲二ないし六、七及び八の各一、二、九、一〇、一一及び一二の各一、二、一三ないし二三、二四の一、二、二五ないし二七、二八の一ないし七、二九ないし三二、三三の一ないし五、三四、三五の一ないし九、三六の一ないし三、三七、三八、三九及び四〇の一ないし三、四一、四二、四三の一ないし六、四四ないし四九、五〇の一ないし四、五一の一ないし一〇、五二の一ないし八、五三の一、二、五四ないし六一、六二ないし六四の各一ないし四、六五の一、二、六六の一ないし七、六七の一ないし三、六八ないし七〇、七一の一ないし三、七二、七三の一ないし六、七四、七五の一ないし三、七六の一ないし三、七七の一ないし二二、七八ないし八一、八二の一、二、八三、ないし九五、九六の一ないし三、九七、九八、九九及び一〇〇の各一、二、一〇一、一〇二の一、二、一〇三ないし一一五、一一六の一ないし三、一一七の一、二、一一八の一ないし三、一一九の一、二、一二〇の一ないし三、一二一、一二二、一二三の一、二、一二四、一二五、一三七ないし一四〇、一四三、一四四、乙四、八の二、原告、被告の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(1) 原告は、小学校教諭の父甲野三郎、母ハル子の長男として生まれ、昭和三二年三月、東京大学大学院数物系研究科鉱山学専門課程を修了し、同年四月、○○鉱業株式会社に入社し、被告と結婚した当時、福島県××鉱業所に勤務していたが、昭和四〇年一二月以降、本社勤務となった。
被告は、バス会社を経営する父乙田四郎、母ナツ子の三女として生まれ、裕福な家庭に育った。
(2) 結婚当初は、被告が多額のお金を管理するのは不安であるとして、原告に給料を一度に渡さないよう頼み、そのようにしていたが、被告は、原告の給与明細を所持しており、給与の額を知っていた。被告は、原告の給与が銀行振込みとなった昭和五〇年ころから、キャッシュカードを持って原告の給与を管理し始めたが、同時に、JCBなど複数のクレジットカードを所持し、生活用品もカードで購入するようになった。また、被告は、このころから、フラワー・アレンジメントを習い始めた。
(3)① 被告は、昭和五二年一月に株式会社三和銀行から九〇万円、昭和五三年三月に同銀行から一〇〇万円、同年一二月に株式会社住友クレジットサービスから一〇〇万円、昭和五四年一月にダイヤモンドクレジット株式会社から六〇万円、同年三月に昭和信用金庫から一〇〇万円をそれぞれ原告に断ることなく原告名義で借り入れたばかりか、この他にも、昭和五三年から五四年にかけて、キャッシング等で数十万円単位の借り入れを数回繰り返していたが、昭和五四年九月の時点で、負債総額が少なくとも四〇〇万円を超える額となり、やりくりができずに返済が困難となり、借入金の返済について原告に相談した。
② 原告は、昭和五六年九月、①記載の昭和信用金庫からの借入金の返済について督促を受けた。
(4) 被告は、右借入金から自宅の増改築費用や一郎の大学の入学金、授業料等の教育費などを工面した。原告は、それらの資金の調達方法について、被告に尋ねることはなかった。
(5) 原告の収入は、昭和五四年当時、税込みで約五八〇万円であり、右収入と比べて被告がつくった負債額が極めて多額であったため、被告に家計の管理を任せることは不安であるとして、原告自ら管理することとし、被告には生活費として毎月六万円ないし八万円を渡すこととした。なお、原告は、被告がカードを利用して生活用品のため使う分を、月々の生活費から差し引いたこともあった。
(6) 被告は、その後も、三越、東急、阪急その他の百貨店等から食品、衣料品その他の生活用品ばかりではなく、アクセサリー、着物等を購入し続けた。
(7) 昭和五九年一二月、株式会社ジェーシービーからカード利用による債務合計六一万四一二八円についての催告書が原告のもとに郵送され、昭和六一年一二月に完済するに至った。また、昭和六〇年二月、原告のもとにファミリー信販株式会社からの一二七万五〇〇〇円の債務について法的手続をとる旨の通知や株式会社大丸から三五万一四二五円の売掛代金の支払催告書が送付され、結局、原告がこれらの債務も完済した。昭和六一年にも、被告が東急百貨店からカードを使用して、洋服、呉服、食品から日用雑貨等の購入をし、五七万一三五三円の債務を負っていたため、昭和六二年五月二〇日、原告が完済した。その間も、他の信販会社等からの督促や、ジェーシービー等からのカード利用代金支払請求は続いていた。
(8) 原告は、昭和六〇年、東京家庭裁判所八王子支部に調停(同年家イ第三八一号夫婦関係調整事件)の申立てをしたが、同年六月一四日、以後、借財をする場合には、原被告で相談して処理する等の遵守事項を守り、円満な夫婦協同生活を維持継続する旨の調停が成立した。
(9) その後、原告は、平成七年、被告との離婚を求めて東京家庭裁判所に調停(同年家イ第七二五〇号夫婦関係調整事件)の申立てをしたが、平成八年八月二一日、原被告間に調停成立の見込みがないとして不調となった。
(10) 原告は、平成四年四月一四日、日鉄鉱業株式会社を退職したが、その時期から被告に生活費を渡さなくなった。このため、被告は、平成八年、原告を相手方として、婚姻費用の分担を求めて調停(東京家庭裁判所同年家イ第二二七二号婚姻費用の分担事件)の申立てをし、同年四月一六日、原告が被告に対し一か月七万円を婚姻費用として支払うなどの内容の調停が成立した。
(11) 原告は、平成八年九月ころ自宅である本件建物を出て以来現在まで、被告と別居生活を継続している。
(二) 前記1の認定事実に加えて、現在においては、原告、被告双方とも離婚を望んでおり、改めて同居生活を開始して夫婦関係を維持継続しようとの意思を失っていることをも考慮すると、原被告間の婚姻関係は、既に破綻していると認められ、婚姻を継続し難い重大な事由が存するというべきである。
2 不貞行為の有無
被告は、原告に不貞行為があったと主張するが、右主張は、社宅の噂をもとにするなど根拠が薄弱であるし、これに沿う被告の供述も具体性に乏しく、一貫性に欠けており、直ちに採用することは困難である。被告の陳述書(乙八の一)には、夜中に女性から電話がかかってきた旨の記載があるが、その真偽は判定しかねるところであり、仮にそうした事実があったとしても、その相手は何ら特定されていないのであるから、これをもって原告が不貞行為をしたと認めることはできないというほかない。他に、原告の不貞行為を認めるに足りる証拠はない。
3 婚姻破綻の原因
(一) 原告は、婚姻が破綻したのは、被告の分不相応な浪費が原因であり、その責任は被告にあると主張し、被告は、原告が必要な生活費を渡さず、大酒を飲んで暴力を振るったこと等の経済的虐待や素行の悪さが婚姻破綻の原因であり、その責任は原告にあると主張する。
(二) 右1で認定した事実によると、被告は、昭和五二年ころから昭和六〇年ころにかけて、収入に見合う生活を送るという堅実な生活態度に欠けた消費をしては、家計に不相応な多額のローンによる借入れやクレジットカードの利用を重ね、被告の独力では返済不能となってしまったのである。原告の収入に対する負債額の大きさに鑑みれば、原告が返済に苦労をしたであろうことは容易にうかがえる。
他方、昭和五二年から同五四年までの前記借入金の使途は、本来の月々の収入では支払が困難である家の増改築費用や、長男の大学の入学金が含まれているところ、一般のサラリーマン家庭においては、これらは日常の生活費とは別に、借入れをするか、預金等の貯えから支出するのが通常ということができる。また、たとえ被告から相談がなくても、生計をともにしていた原告にも、これらの費用がかかったことは当然認識できていたはずである。にもかかわらず、原告が何らかの協力をしようとしたり、資金の調達方法を被告に聞いたりしていないことに照らせば、原告に相談なく借入れをしたことの当否は別にして、被告が借入れをせざるを得なかったこと自体はやむを得ない面もあり、被告のみを非難することはできない。
そうすると、本件婚姻が破綻したことについての責任が被告のみにあるとすることは相当とはいえない。
(三)(1) 被告は、原告から十分な生活費を渡してもらえず、経済的虐待を受けた旨主張する。
しかし、右1に認定した事実によれば、そもそも結婚当初は、被告が、多額のお金を管理するのは不安だとして、原告に給料を一度に全部渡さないように頼み、そのようにしていたが、被告は、原告の給与明細を所持しており、給与の総額を当初から知っていたのであるし、給与が銀行振込みなった昭和五〇年以降昭和五四年九月までは、被告がキャッシュカードを所持して全部管理していたものであり、結婚した当初から昭和五四年九月までの間は、原告が十分に生活費を渡さなかったと認めることはできない。
(2) 認定事実1(一)(5)によると、昭和五四年九月以降は、原告が家計を管理し、被告に渡す生活費を月六万円ないし八万円にしたが、これは、それまでに被告が原告に無断で借り入れ、自力で支払えなくなった債務の返済のためであり、当時の債務残高が四〇〇万円を超えていたのに対し、原告の昭和五四年の年収が約五八〇万円程であったことに照らせば、被告に渡される生活費が右の程度の金額になるのはやむを得ないものといえる。
被告は、子供の勉強部屋の増築、教育費のローンがなければ計画的に返済していけたと主張するが、直ちに必要な大学の入学金や授業料はともかくとして、増築などについては、返済できないような借入れをする前に、実情を原告に相談し、夫婦で財源を考える必要があったはずであり、被告には、先の支払いを考えずに、安易に借入れをしてその場しのぎをする姿勢が見受けられるといわざるを得ない。
さらに、前記認定のとおり、被告は、債務を返済できなくなって、原告に家計の管理を任せることになった後も、複数のクレジットカードを使い分け、デパートでの買物等を続けているのである。前記関係証拠からはすべての品目が具体的に明らかになっているわけではなく、その中には生活必需品も含まれているようであるが、衣料品、装飾品等も少なからず見受けられ、浪費とまでいうかどうかはともかくとして、少なくともその時点での家計の状態に照らすと節約をしているとみることはできない。一度は返せないほど負債が生じたのであるから、被告としては、生活費が足りないのなら、カードの使用を続けるのではなく、家計を管理している原告に相談するのが通常と思われるが、そのような形跡がなく、結局、緊急の必要に迫られたわけでもないのに、安易にカードで買物をして、原告に返済を任せている様子がうかがえる。これは、右のように債務が膨らみ、返済途上にある者の行動としていささか適切さを欠くといわざるを得ない(もっとも、当裁判所は、こうした点について、ことさら被告を非難する意図はない。金銭感覚については、個々人の考え方の問題であるし、その生い立ちその他によって養われるものであり、それ自体の評価は困難である。本件において、原被告間では、負債過多になる前に家計についての相談がされていないところが注目されるのであるが、そもそもそのことに原被告の根本的な問題が伏在していたものというべきであろう。)。
よって、昭和五四年九月以降の原告の管理が被告に対する経済的虐待というには当たらない。
(3) また、被告は、原告が、昭和六三年四月以降生活費を全く渡さなくなったと主張し、被告の本人尋問の結果及び陳述書にはこれに沿う部分もある。
しかしながら、甲一四六、一四七によれば、平成元年一二月及び平成二年三月の時点において、原告が、被告のクレジットカード使用分を差し引いて、生活費の計算をしていることが認められることに照らせば、被告の主張に沿う右各証拠は信用できず、他に、平成四年四月までの期間については、原告が生活費を渡さなかったことを認めるに足りる証拠はない。
そして、平成四年五月から平成八年三月まで原告は被告に生活費を渡していないことは当事者間に争いもないし、弁論の全趣旨からこれを認めることができる。しかし、この点については、原告は平成四年四月に会社を定年退職したこと、既に二人の子供は独立していたこと、被告はフラワー教室により平成四年には約一三一万円、平成五年には約八八万円、平成六年には約五四万円の収入があったこと(乙二四の四ないし九)等を考慮すると、違法性があるとまでいうことはできない。
(4) 被告は、その本人尋問において、原告の酒代が嵩んだことや、成績の芳しくなかった長男に対する粗暴な行為等多数の素行の悪さが婚姻の破綻を招いた原因である旨供述し、乙八の一、二、九にも同趣旨の陳述がなされている。
しかし、右供述ないし陳述部分には、具体性、迫真性に欠けており、不自然な点、誇張されているように思われる点も少なくないところ、原被告は平成八年九月に別居するまでは長年曲がりなりにも夫婦生活を続けてきたこと、現在は原告に対する感情が極めて悪化していると見られることに照らせば、直ちに採用することはできない。他に、原告の被告や息子たちに対する粗暴な行為等を認めるに足りる証拠はない。
(5) 以上によれば、被告が原告から経済的虐待を受けた旨、原告の素行が悪かった旨の主張を採用することは困難である。そうすると、本件婚姻が破綻したことについての責任が原告のみにあるとすることは相当とはいえない。
(四) 以上の検討によれば、本件婚姻が破綻したことについての責任は、原告のみ又は被告のみにあるとすることは相当とはいえない。原被告双方に等しく責任があるということもできるし、いずれにも責任はなく、いわば運命であるということもできよう。
原被告のような年配の夫婦が離婚を望むことは誠に不幸なことではあるが、ある人にとっては人生の避けることのできない出来事でもある。本件婚姻については、これを継続しがたい重大な事由があり、婚姻が破綻するについて、いずれか一方にのみ責任があるということはできないから、本訴、反訴いずれの離婚請求も認容されるべきである。
二 争点2について
1 原告の慰謝料請求について
(一) 原告は、被告の浪費により多額の負債を負い、これを返済せざるを得なかったことを慰謝料請求の原因と主張するが、被告が負債を負ったことについては被告のみを非難することはできないことは前記一3(二)で説示したとおりであるし、前記一1(一)(5)で認定した事実によれば、負債の返済のため、昭和五四年九月からは原告が家計を管理し、この間、被告に渡す生活費を月六万円ないし八万円程度にしたのであって、これは育ち盛りの二人の息子を抱えた四人家族の生活費としてはいささか少ない金額である。さらに、原告は、被告によるカードの使用分を、月々の生活費から差し引いたこともあったというのであるから、債務の返済のために、生活費の減額という形で、被告もある程度の犠牲を払っているということができる。
(二) 以上の諸事情に照らせば、原告が経済的に困難な状態に置かれたとする精神的苦痛は、仮に主観的にはあったとしても、法的保護に値するものとして評価することはできず、他に原告が主張する点をすべて考慮しても、原告の被告に対する慰謝料請求は理由がないものといわざるを得ない。
2 被告の慰謝料請求について
前記一3(三)で説示したとおり、被告が原告から経済的虐待を受けた旨、原告の素行が悪かった旨の主張は採用することはできないし、前記一2で説示したとおり、原告の不貞行為を認めるに足りる証拠はなく、他に被告が主張する点をすべて考慮しても、被告の原告に対する慰謝料請求を相当と認めるに足りる証拠はないから、結局、被告の原告に対する慰謝料請求は理由がない。
三 争点3について
1 共有財産の清算
(一) 甲一四三、乙八の一、二、原告、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件では、原告、被告双方とも、昭和三三年に結婚した際には特別の資産を有していなかったこと、昭和六二年に本件建物を購入するまで、原告の勤務先会社の社宅に暮らしていたこと、主に原告の給与収入で家計を支えていたが、被告も、家庭の主婦として家事一般や二人の子供の育児を主に担当し、洋裁の内職やカルチャースクールの講師を務めて収入を得て、生活費を補充していたこと、本件建物の頭金は原告の五五歳時に支給された退職金で賄い、その後ローンを原告が返済してきていること、その間に原告は、株式を購入し、預貯金をしてきたことが認められる。
以上のような事実関係のもとでは、現存する財産は、原告名義のもので、原告の収入によって形成されたものでも、その原告の収入は、夫婦関係を基礎として得られたものということができるから、いずれも原告の特有財産ではなく、実質的には夫婦の共有財産として財産分与の対象となると解するのが相当である。なお、実質的に夫婦の共有財産になるとしても、財産形成に関して寄与分に相違があるときは、財産分与の額を定めるにあたり考慮されるべきである。
(二) 被告は、預貯金については遅くとも原告が離婚調停を申し立てた平成七年一二月を基準としてその時点での残高を、株式については離婚調停時に原告が認めた額をそれぞれ財産分与の対象とすべきであると主張する。
しかしながら、前記各証拠によれば、本件では、原告と被告は平成八年九月まで同居していたこと、別居以降は、被告は婚姻費用分担として月七万円を受領していたうえ、原告名義の自宅マンションには被告が居住して、住宅ローンの返済は原告がしてきていることが認められる。右認定事実によれば、原告による離婚調停の時期以降実質的に婚姻関係は破綻していたものではあるが、右調停申立後も同居中は生計をともにしており、別居後も財産的な関係では原告と被告は従前同様の関係にあるということができる。そうすると、その間の自宅のローン返済その他の財産状態の変動についても、所与のものとして考えることが相当であると解される。
以上によると、財産分与は、離婚に伴い、夫婦で共同して形成してきた財産を清算するものであるところ、別居後の財産の増減やそれに対する寄与度は一切の事情として分与にあたり考慮することができるものであるから、本件では、口頭弁論終結時を基準として、預貯金の残高及び株式の時価を財産分与の対象とすべきである。なお、株式については、被告の主張は、株式の銘柄等を何ら特定せずに、算定方法も明らかではない原告の過去の主張なるものを根拠にするものであって、財産分与の対象とする前提を欠くから、採用することはできない。
(三) そうすると、甲一四八の一、二、一四九、一五〇の一、二、乙一〇ないし一三、一五及び弁論の全趣旨によれば、本件で財産分与の対象となる原資は、次の(1)ないし(3)の合計三〇八五万一五九〇円であり、このほか、原告が被告に三五〇万円を貸し付けていることが認められる。
(1) 本件建物 時価二八〇〇万円
住宅ローン残債務 一〇〇〇万円
(2) 預貯金合計九七一万二九九〇円
① 郵便貯金(普通)
四五万九〇七三円
② 同(定額) 七五〇万円
③ さくら銀行(定期)
一六七万二三六七円
④ 三和銀行(定期)
八万一五五〇円
(3) 株式
時価合計三一三万八六〇〇円
なお、被告は、原告名義のさくら銀行に対する預金について、入出金の状況から定期預金として残っているもの以上の額が分与の対象となる旨主張するが、そうすると、右に認めた財産分与の対象となる原資としては、二重に計上することになりかねないので、これを採用することはできない。
(四) 財産分与にあたり、被告は、昭和六三年四月から平成八年三月までの過去の婚姻費用の未払分として、一〇四九万円を加算するよう求めている。しかしながら、前記一3(三)(3)のとおり、昭和六三年四月から平成四年四月までは、原告が被告に対し生活費を渡さなかったことを認めるに足りる証拠はないから、生活費を渡していないと認められるのは、平成四年五月から平成八年三月までの期間である。この間の婚姻費用の分担額としては、平成八年四月以降について調停で定められた額である一か月七万円をもって相当ということができるから、婚姻費用の未払分は三二九万円となる。右の限度において、財産分与の額を定めるにあたり考慮すべきである。そして、被告が原告から借りている三五〇万円をこの際清算しなければならない。
また、被告は、被告が現在居住している本件建物を財産分与し、被告に所有権を移転することを求めている。しかし、前記のとおり、本件建物は住宅ローンが一〇〇〇万円残っており、これを被告が負担して返済する能力があるとは思われないし、右ローンの債務者を原告から被告に交代することは債権者との関係で困難であると考えられる。また、住宅ローンを原告が負担することとして被告が本件建物を取得するのは、前記総財産から見れば明らかに過大な財産分与を受けることになるし、被告の現実の経済状態からみて、被告が原告に現金を支払ってそのプラスマイナスを調整することは困難であるといえるから、結局、本件建物を被告に分与することは相当とはいえない。そして、被告に対しては、金銭で財産分与することとしても、被告は相当額の金銭を取得することができるから、本件建物を出て転居することは十分可能であり、困難を強いることにはならないと思われる。
したがって、本件においては、住宅ローンを負担する原告が本件建物の所有権を取得することとし、被告に対しては、本件建物の価値を考慮に入れて、金銭で財産分与するのが相当である。
2 定期金の支払について
被告は、原告の厚生年金収入の二分の一に相当するものとして、一か月九万円の定期金の支払を財産分与として求め、一時金よりも定期金を優先的に希望すると主張し、その本人尋問において、その理由として、健康上の問題などから、今後一年程度でカルチャースクールを辞める予定で、その収入が見込めなくなる旨供述している。
しかしながら、原告に一時金の支払を義務づければ、将来、その支払が滞ることがあるという事態の発生が懸念される。また、原告は、定期金よりは一時金の支払としたい旨希望しているところでもある。さらに、被告の今後の生活については、本件で財産分与される一時金は一定のまとまった額に上るのであって、被告に国民年金の収入があることを考慮すると、被告が新たな生活を始め、一定水準の暮らしをしていくにはさしあたり十分であると考えられるし、被告には現在同居している次男をはじめ二人の成人した息子があり、離婚後もある程度の援助を受けることができると見込まれるのである。
以上の諸事情を考慮すると、本件では、共有財産の清算による一時金に併せて定期金でこれを支払う方法をとることは相当ということはできない。
3 結論
以上のとおりの本件に現われた諸事情を前提として、前記一、二で検討した原被告間の婚姻から離婚にいたる経過、各財産の形成過程その他一切の事情を総合考慮すると、本件においては、原告から被告に対し、一五〇〇万円を財産分与するのが相当である。
四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求及び被告の反訴請求のうち、それぞれ離婚を求める部分及び原告から被告に一五〇〇万円を財産分与してこれに本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うよう求める限度で理由があり、その余の本訴、反訴各請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官片山憲一 裁判官澤田久文)
別紙物件目録<省略>